スロベーニアのすぐ近く、イタリアで46番目に世界遺産登録のチヴィダーレ・デル・フリウリ

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Carissimi Buongiorno!

今日は、フリウリ・ヴェネツィア・ジュリアにあるユネスコ世界遺産を旅してみましょう!

チヴィダーレ・デル・フリウリから始めることにします。チヴィダーレ・デル・フリウリはイタリアで最初のロンゴバルド公国の首都だった街です。ただ、世界遺産の承認はごく最近で、2011年6月25日、イタリアで46番目に他の6つの場所と一緒に計7カ所、ロンゴバルド族: 権勢の足跡として登録されました。

古代で最も有名な人物の1人であるジュリアス・シーザーと関係を持った街で、この場所を創設したのはまさにローマ執政官の彼であり、「チェーザレ(シーザー)のフォルム(広場)」という意味のラテン語で、フリウリ州の名前の由来となるフォーラム・イウリーとこの場所を名付けました。

「北東の公国」としての任命はかなり古く568年に行われました。選挙はアルボイン王(Re Alboino)によって行われ、彼の甥をギスルフ公爵として任命しました。

その後、ロンバード人は首都の名前をCivitas Austriae、つまりオーストリアの都市という意味の名前に変更しました。

7世紀から8世紀までの全期間、ロンバード人は街を美しくするためにさまざまな素晴らしい建物を建てることに専念しました。

その後の教会当局の干渉があり、カロリング朝の支配下でさえ抵抗し成長し続けた公国に威信を与えました。  

公国の衰退は、1500年代初頭初めてアレマン(ドイツ)の襲撃とワームの平和令が原因で起こりました。これらの二つの出来事は、この街にダメージを与えることになり、残念ながらもう回復することはできませんでした。

チヴィダーレ・デル・フリウリは、「ロンゴバード寺院」(Tempietto Longobardo)のおかげで、イタリアにある最も代表的なロンバード権力の、7つの場所のうちの1つとなっており、ロンバードの証言を保存しているイタリアの他の6つの都市と共に「via longobardorum」(ロンゴバードの道)を形成ました。古代の(Cividale del Friuli)を出発点とする旅程です。

ロンゴバード寺院(Tempietto Longobardo

テンピエット以外にも、元の機能がわからず、いまだに神秘的な空洞になっているケルト人の地下墳墓と、サンタ・マリア・イン、ヴァッレのベネディクト修道院(Monastero Benedettino di Santa Maria in Valle)などの西洋の中世前期の建築物があります。

ケルト人の地下墳墓(Ipogeo Celtico)
ケルト人の地下墳墓(Ipogeo Celtico)
ヴァッレのベネディクト修道院(Monastero Benedettino di Santa Maria in Valle)

また、国立考古学博物館(Museo Archeologico Nazionaleと大聖堂のキリスト教博物館(Museo Cristiano del Duomo)への訪問も見逃せません。後者には、ロンバードの芸術的遺産を証明する重要な作品である、ラーキスの祭壇(l’Altare di Ratchis )とカリストの洗礼堂(Battistero di Callisto)が保存されています。

ラーキスの祭壇(l’Altare di Ratchis )

チヴィダーレ・デル・フリウリは、魅力的でユニークで、豊富な古代の伝統を持つ谷の間に広がったアートの宝石箱の様です。

近くにはナティゾーネ渓谷(Valli del Natisone)があり、アウトドア・アクティビティや、文化的、自然的な訪問先を無数に見つけることができます。たとえば、プルフェーロ(Pulfero)では伝統的な郷土料理の本格的な味と香りを発見する以外にも、とても壮観なサン・ジョバンニ・ダントロ(Grotta di San Giovanni d’Antro)の洞窟があります。

悪魔の橋(Ponte del Diavolo

Alla prossima!

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