31年前、生活のためにミラノに着いたらこんな感じだった!

  • 2020-11-16
  • 2020-11-16
  • Milano
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Buongiorno ! takaoです。

昨日のブログで、現在と昔の飛行機の乗り方の違いについて書きました。

今では考えられない、昔飛行機に乗る時はこうだった!

とても好評で、コメントもたくさんいただきました。どうもありがとうございます! 

その後、昔はこうだったよね、と言う話で、私はブログに書いていなかったのですが、昔は行き先から帰る前に、リコンファーム(飛行機の座席の再確認)の電話をかけないといけなかったり、飛行機の中でもタバコが吸えたので、灰皿も肘掛けのところについていた、と言う話も出てきたり、色々と昔の飛行機の様子を思い出すことができました。

ブログを書いていて一番嬉しいのは、ブログの反応があって、色々コメントをいただくことです!とても良いモチベーションになります!

それで、31年前に私が生活をするためにミラノに着いた時のこと。

私がミラノに着いたのは、8月の何日だったかははっきり思えていないのですが、18日ごろだったと思います。その前にイタリアにはファションデザインの専門学校のツアーで、その後ロンドンに住んでいたときにロンドンからイタリアに一度来たことがありました。

学生の時、私はロンドンが大好きで、イタリアのことは別にあまり意識していなかったのですが、その学生の時のツアーで、一番初めに着いた場所がローマで、日本とかなり雰囲気が違うことに驚かされました。空港では軍隊が自動小銃を持っているし、車は街中でも猛スピードで走ってるし…

私は小さな時から歴史が好きで、イタリアはそれこそ歴史のぎっしり詰まった場所、それもローマだと余計そうです。それにかなり歴史の古い街なので、遺跡、歴史的建造物がどこも近くにあり、ほとんどの場所に歩いて回れるのもなんとなく不思議でした。初めての外国がイタリアで、とても良い印象がのこっています。

話を戻します。8月にミラノに来たのはいいのですが、住むとなったら日本の様にたくさんのお店があって街に活気があるわけでもないし、どちらかといればイタリアの街の雰囲気は落ち着いた感じなので、来てすぐに、んー、とんでもなく寂しいところに来てしまったな、と思い始めました。ましてや8月の20日前後だとほとんどのイタリア人はヴァカンスに出ていていませんでした。

一方ロンドンは日本と同じ島国ということもあって、なんとなく日本と似たところもあって、日本から初めての海外生活で行ったイギリスよりも、イギリスの後に住み始めたミラノの方が、色々な部分でのカルチャーチョックを受けました。

当時のトラム、バスのチケットはいくらだったか今でもまだよく覚えているのですが、当時のお金で700リラでした。貨幣もまだリラでした。700リラは今のお金の価値で0.35ユーロになります。今のトラム、バスのチケットが2ユーロなので、なんと今の8分の1の値段でチケットが売っていたことになります。

当時、たまにイタリアの経済が悪くなり、リラの価値がすごく落ちていたのですが、それはそれで、リラが弱い分、世界市場に対しては値段的競争ができ、エクスポートには強くなるので、そうなるとまた経済状況が良くなってゆくという、なんともイタリアらしいルーティーンになっていました。

タクシーの色も今の様に白ではなく、NYの様に黄色でした。なので、タクシーは結構目立っていました。

スーパーマーケットはありましたが、大きな郊外型のスーパーはそれほどたくさんありませんでした。その当時、街にはスーパーをひとまわり小さくした。なんでも売っているお店がいくつかありました。そこでの支払い方法がとても面白かったです。まずお店の作りから説明しないといけませんが、店内は周りがぐるっとカウンターになっていて、商品はそのカウンターの向こうにありました。それで欲しい商品をお店の人に言うと、お店の人がその欲しい商品を紙に書き出し、最後にその紙を渡され、その紙を持ってレジに支払いに行きます。その支払い終わったレシートを持ってその前に商品を選んだところに戻って行くと、商品がもう袋に入っていて、それをもらって帰る、と言うものでした。これは、支払いはお店のオーナーが管理する、と言うところから来ていたのだと思います。

今度は普通のスーパーに行った時の話、私は1つだけものを買うためだけにお店に入ったので、その商品を見つけて、レジのところに並んでいました。私の前には4、五人の人が待っていたのですが、一番前にいるおばさんが私を呼んで、「1つだけなんだから私の前に行って買い物を済ませてしまいなさい」と言ってくれたのですが、そのおばさんは良いにしても、私とそのおばさんの間には他に3、4人違うお客さんがいたので、その人たちより先に行くのは気が引けて、そのまま列の一番最後にいたのですが、私とおばさんの間にいた人も別に私が先に行っても問題がなさそうな感じでした。その前に、いつもイタリアではみんな順番を守らず、どんどん順番を抜かされることを見ていたので、なんと変わった国なんだ、と思いました。

イタリアはコネ社会なのですが、全く知り合いがいないところにやってきたので、中々家も簡単に見つからず、最終的に知り合いの友人が家を代わる、と言うことだったので、その後に私が入ることになったのですが、そこで電話をつけるように電話会社にも行って予定日を教えてもらっても、一向に電話会社が工事にきません。まだイタリアに来て2、3ヶ月だったので、イタリア語で電話でそれについてどうなっているのか聞くほどまだ言葉もできていなかったので、私の住んでいた建物の管理人の所に行って電話がもうつかないといけないのにいつまで経っても工事に来ないから催促する様に言ってもらえないかお願いすると、快く電話してくれる、と言うことだったので、電話をしてもらいました。それで電話での最後の方では「Va benissimo, va benissimo」)(大変良い、大変良い)とその管理人のおじさんが言っていたので、もうすぐに工事に来てくれるのかと思いきや、その管理人のおじさんに聞くと「まだ、いつ来るかわからない、と言うことだ」と言うことでした。で、あの「Va benissimo」は一体なんだったんだ、と一人で残念がっていたのですが、それからちょっとして、「大変良い」って言うのはもうすぐ電話線をつけてくれるから「大変良い」、ではなく、先方が言っていることの意味をよく理解できた、と言う意味での「Va benissimo」でした。言葉が違うと色々な習慣も違うものです。ただ、一般的にイタリア人は色々なことを大袈裟に言うので、イタリア人の言う半分くらいに思っていた方が良いですよ!

と言うことで、大変な国に来てしまった、と思ったイタリアの生活の初めの頃の話でした。

まだまだ話したいことがたくさんあるのですが、長くなるので、またの機会にします。

Ciao!

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